広島城

広島城

広島城

1589年の築城から一度も戦場にならないまま、1945年8月6日の原爆投下により倒壊、焼失した悲運の城です。

広島城への行き方

広島城は広島市中心部のやや北寄りに位置しています。平和記念公園や紙屋町からは徒歩でも移動できます。

アストラムラインの城北駅が最寄り駅ですが、城北駅から天守閣に行くためにはかなり遠回りをする必要があるため、原爆ドームや紙屋町界隈から広島城を目指すのであれば、徒歩の方が便利です。

広島城築城までの歴史

広島城は広島発展の礎となったお城であり、広島城抜きには広島の歴史は語れません。

広島城は天正17年(1589年)に安芸の武将、毛利輝元によって築城されました。なお、広島城が築城される前の広島は太田川下流の三角州にいくつかの集落が点在するだけのただの田舎でした。毛利輝元は元々、吉田郡山城を本拠地にしていましたが、天正16年に大阪城を見て平野部への築城を決意したそうです。

広島の名前の由来

毛利輝元が築城前に太田川下流を視察した際に、最も「広い島」であった五箇村に場所を定めました。この「広い島」が広島の名前の由来になったという説があります。

また、毛利氏の祖である大江広元より「広」を、この地方の豪族で普請奉行であった福島元長より「島」を併せたという説もあります。

いずれにせよ、毛利輝元が広島城を築城した際に「広島」と名付けたというのが通説になっています。

広島城天守閣

原爆による倒壊と再建

旧広島城天守閣は爆心地から約1キロに位置しており、1945年8月6日、原子爆弾の爆風により倒壊、焼失しました。

現在の天守閣は1958年に外観復元されたものです。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

ページ上部へ戻る