広島ラーメンの名店「すずめ」が閉店

「すずめ」の暖簾

広島ラーメンの名店「すずめ」が閉店

広島ラーメンの名店「すずめ」(広島市西区東観音町)が2015年4月30日をもって閉店します。
これで広島で60年ちかく愛され続けてきたラーメン店が1つ姿を消すこととなります。

「広島ラーメン」の系譜(「すずめ」が生まれるまで)

現在の「広島ラーメン」の歴史は終戦後、中国から帰国された方が開いた「上海」という屋台の「中華そば」から始まったそうです。

昭和25年頃に「上海」は「段原食堂」という店舗として営業を開始します。

その後、「段原食堂」の次男さんが舟入に「しまい」というお店を開店されましたが、この「しまい」が現在の広島ラーメンのルーツの一つとされています。

そして、その「しまい」の従兄の方(「段原食堂」店主さんの姪御さんご夫妻)が昭和35年頃に始めた屋台の店名が「寿々女(すずめ)」で、2年後の昭和37年頃に現在の東観音に店を構えられた時に「すずめ」となったそうです。

さようなら、「すずめ」の中華そば

「すずめ」の中華そば

このように、60年近い歴史がある「すずめ」ですが、その長い歴史の中で、スープの味に納得できずお店を開けなかった日もあるそうです。

また、過去には2店舗目を開店しないかとの話も数多く持ち込まれましたが、自分の目の届かないところでの営業は味を守れない恐れがあることから、すべて断ってこられたとか。

ちなみに、すずめさんのメニューは中華そばと瓶ビールのみです。中華そばの大盛りやチャーシュー麺なども無く、瓶ビールについても、かつては酔っぱらったお客さんが喧嘩しないようにとの理由から置かれていなかったそうです。

そのようなこだわりのラーメン店が姿を消すことは非常に名残惜しいですが、閉店は後継者の方の健康上の理由によるものであり、致し方ありません。

受け継がれる広島ラーメンのDNA

広島ラーメン「陽気」の初代創業者は、「しまい」の店主からラーメンの作り方を学んています。

つまり、「すずめ」も「陽気」もルーツは「しまい」にあり、味は違えども同じ広島ラーメンの系譜であると言えます。

2015年4月30日に「すずめ」は閉店しますが、「すずめ」と同じ広島ラーメンのDNAは「陽気」にも受け継がれているのではないでしょうか?

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